働き方の多様化が進む現代。それを象徴する言葉の一つに「パラレルキャリア」がある。「報酬のあるなしを問わず、人生を豊かにするもう一つの活動に本業と平行して取り組むこと」を指すこの言葉。それを体現するような生き方をする一人の女性が高松にいる。「MTK service」代表の北村麻理映さんだ。
自身の経験を元に家事代行業をスタートし、事業拡大のためデザインやイベント運営も自分で行うようになった。コロナ禍に入った2021年には抗菌シート「kolot(コロット)」を使った活動が注目され、書籍「経営者の視点 注目の社長36人」に選出された。今年2月には緊急通報装置「ハッピーコール」を使った離島の支援事業が「かがわビビネスモデルチャレンジコンペ」の優秀賞を受賞するなど、その活動の幅はとどまるところを知らない。
「身近な1人、2人を助けるように活動していくうちに、ここまで来た」と話す北村さん。今回は北村さんが取り組むさまざまな事業や活動、継続するための秘訣(ひけつ)などを聞く。
MTKserviceの事業紹介
−本日はよろしくお願いします。まず、現在の北村さんとMTK serviceの事業内容や活動をお聞きかせください。
主な商品・サービスとしては家事代行サービス、抗菌・抗ウイルス・消臭シート「kolot」の販売、緊急通報装置「ハッピーコール」の事業統括があります。他にもホームページ作成や補助金サポート事業、イベントやセミナー講師も手がけています。
−改めて手がけている事業の多様さに驚きます。
時々、「自分って何屋さんなんだろう」と思うこともあります(笑)
−今日はそんな北村さんの活動や取り組みのこと、活動する上で大切にされている思いなどをお聞きします。
講師として登壇する北村さん
19歳で母親に~家事代行業立ち上げ
−MTKserviceを始めるまでの経緯をお聞かせください。
私は大阪府堺市で生まれ育ちました。家庭は裕福ではなく、病弱な母を支えるため10代の頃から内職や仕事をしていました。
香川には母親と共に移り住み、19歳で出産しました。ですが、香川には身寄りもなく、病気がちな母に頼るのも難しい状況。出産1カ月で仕事に復帰しましたが、仕事にも家事にも終われる日々、他のママたちを何度うらやましいと思ったか分かりません。でも家事代行は当時、都市部の富裕層が利用するイメージが私にも周囲にもあり、気軽に利用できるものではありませんでした。「ないなら作ろう」と思い立つと同時に、次第に地方でも家事代行のニーズが高まってきたことから、2018(平成30)年、MTKserviceを開業しました。整理収納アドバイザー1級を持っており、片付けについて講師をすることもあったので、それを生かして人の助けになるようなことをしたいと思ったのも理由の一つです。「MTKservice」という名前は私の3人の子どもたちの名前から取っています。
−立ち上げた時に苦労したことはありましたか?
初めはどこをターゲットにすれば良いか全く見当がつきませんでしたし、「香川に家事代行って必要ないのでは」と言われることもしばしばでした。折り込みもしましたが全然反響がなく、1000枚配布して注文は1件にも満たないこともしょっちゅうでした。「このままではいけない」とデザインを勉強して、自分でホームページやチラシを作るようになるとともに、「イベントでもチラシを配ったら良いのでは」と考え、イベントの企画・運営もするようにもなりました。この時、イベントのために作ったのが「MTKserviceクーポン」という自社独自のクーポンです。これは複数社でクーポンの枠を分けることで1社当たりのコストを抑えるものですが、これが他社の方々にも好評でした。他の企業のイベントプランナーもすることになりましたし、ホームページやチラシも自分で作っているうちに他のところからも依頼を受けることが増えてきたので、それも事業にしました。
Kolotについて
−家事代行や他の事業が順調に広がりを見せる中、コロナ禍が始まりました。その中で始まったサービスがあるのですね。
はい、それが「kolot」です。コロナ禍でサービス業は軒並み打撃を受けました。店舗には補助金が出るのですが、そこに付随するサービス業は一切補助金が出ませんでした。従業員が家に上がる家事代行はこの状況では特に避けられるようになり、売り上げも立たなくなったので「これは何とかしなければ」と丸亀のデザイン会社と提携して開発したものです。抗菌・抗ウイルス・消臭効果のあるラミネート加工を施したシートで、臭いを消したい場所や菌やウイルスが気になる場所に貼って使います。抗菌や消臭に関する性能評価試験も受け、クリアしています。
名前には「コロナをコロッと」という意味が込められています。響きもかわいいし覚えてもらいやすいと思って付けました。商品開発、商標登録、ロゴデザイン・パンフレット作成も自分たちでしました。
コロナ禍の中で精力的に活動しているのが評価され、2021年に阿久澤克之さんによる書籍「経営者の視点 2021年注目の社長36人」に選出されました。大手企業の経営者の名前も連なる中、中四国の企業で唯一、選ばれました。kolotのほか、地域貢献活動をしていたのも選出につながったのだと思います。
−地域貢献活動にはどのようなものがありますか?
女性の社会進出や活躍を応援する活動に携わったほか、フードバンク事業の支援、ヤングケアラー支援、台風で半壊した徳島県の「ポッポ街商店街」アーケード修繕のためのクラウドファンディングなど、返礼品にkolotを使うなどして進めてきました。フードバンク事業やヤングケアラー支援は、自分が子どもの頃に苦労した経験もあるので、力を入れていきたいと考えています。
緊急通報装置「ハッピーコール」について
−続いて、今年2月の「かがわビジネスモデルチャレンジコンペ2022」優秀賞を受賞したハッピーコールについてお聞きします。
ハッピーコールは県内のドクターが開発した、緊急通報装置および専門のコールセンタースタッフがトータルサポートを行うサービスです。当社の「家事代行サービスを緊急通報装置の手配先として登録したい」と声をかけていただいたのをきっかけに知り、「もっと広めるべきだ」と各所につないでいくうちに統括代理店を務めることになりました。
本体と首にかけて使う子機とがあり、ボタンを押して発信・対話ができます。急な体調不良などの緊急時に対応するほか、買い物代行やタクシーの手配、服薬の確認、相続・生前整理・法律など士業の相談もボタン一つで24時間365日対応・手配します。緊急時・必要時の手配だけでなく、時には話し相手にもなります。緊急通報装置はいざという時のためにあるのですが、その「いざ」の時になかなか押せないもの。普段から使っていただくことが大事だと考え、話し合い相手になるなどの身近なところから対応しています。システムは同院と関連会社で構築し、行政とも連携しているので迅速な対応が可能です。
今回ビジネスコンペチャレンジに出展した「島モデル事業」は全国の島々を対象にハッピーコールを使った緊急連絡ネットワークを構築するものです。離島は救急車が使えないので、現地の病院と連携し、対応できるようにするとともに、必要時にはドクターヘリと救急艇を手配できるようにしています。
高齢になっても自分らしい生き方をする・自分らしい最期を迎えるために地域が一丸となってサポートする「地域包括ケア」がうたわれる現代にも即したモデルです。ビジネスモデルチャレンジコンペでは準備段階で多くの方が助けてくださり、2位・優秀賞を受賞することができました。ただ、助成金が出るのは1位・最優秀賞者だけなので、次の日から事業計画を見直すとともに、銀行を回り、融資の相談をしました。これから形になる事業なので断られることも多い中、話を聞いて窓口で「ぜひやりましょう」と言ってくださったところがあり、融資にこぎ着けました。
私がハッピーコールを普及させたいと思う背景には自分の経験もあります。私の母は家の中で熱中症のために亡くなりました。発覚したのも数日たってからで、「なぜもっと早く気づけなかったんだろう」と後悔の思いは今も消えません。「同じ思いをする人を減らしたい」という思いを持って、日々、普及活動を行っています。
今回のビジネスモデルとなる島々にも足を運び、説明会の開催やチラシ配布を予定しています。女木島・男木島・大島など高松の島々からスタートして、今は他の自治体や行政にも伺い話をして、さまざまなところと連携を取りつつ輪を広げています。
北村さんの流儀、大切にしていること
−北村さんがビジネスをする上で心がけていることを教えてください。
データや根拠をそろえて全速力で動くのが私のモットーです。仕事する上で常に「速さとエビデンス」を大切にしています。これまでお話しした事業についてもデータや数字を積み上げて、目標値を立てて、そこにどれだけの早さで到達できるかを考えて行動してきました。
次に「泥臭いことを苦に思わない・楽しくやる」ことです。折り込みも地域ごとの世帯数や高齢者人口などの数字データを集めて、地域ごとにずらして実施し、上がってきた返事に対しては私がまずは窓口になって対応しています。大量に同時に配布して、それに対して多くの返事があると、どうしても取りこぼしが出てくるかもしれないし、サービスを実際に利用し始めるまでの期間も誰か担当者を置くよりも、トップが実際に対応して顔が見える方が向こうも安心してくださると思い、私が最初の窓口をしています。
それから「トラブルをいかにおしゃれに返せるか」も大事です。いわれのないうわさや陰口は真正面から相手せず受け流すこと。そのためにはメンタルの丈夫さも必要です。
−北村さんが仕事の中で大切にしていることは何でしょうか。
今も昔も私は周囲の1人、2人を助けるつもりで仕事をしています。ただ「多くの人を救いたい」だと漠然とした響きになってしまいますが、「1人、2人」と身近なところからだとイメージもしやすくなります。「ちりも積もれば山となる」という言葉があるように、続けていくうちに縁が広がって多くの人を動かすようなことにもなる。小さなところから始めたことが最終的に天命になったらすてきですよね。
それから頼まれたことは「まずやってみよう」と思っています。頼まれたことを断ると頼んだ方は次の候補を探さなければいけなくなるので、それが心苦しくて…。もちろん何でもかんでも引き受けるわけではないのですが、自分にできること、助けになることがあるなら引き受けようと思っています。これまでしたことがないけれどできることって結構あると思うので、まず「やってみよう」と考えています。
編集後記
幅広い分野で活動される北村さん。SNSから華やかなイメージが念頭にあったのですが、今回のインタビューを通じて、ストイックさに感服しました。話を終え、筆者の目には北村さんの姿が「強い女性」に見えました。
高松経済新聞では今後もさまざまな活動で香川・高松を元気にする方々を紹介していきます。次回もお楽しみに。