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「かもね」のたかまつ歴史小話(1) 香川のあん餅雑煮の通説について考えてみた

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「かもね」のたかまつ歴史小話(1) 香川のあん餅雑煮の通説について考えてみた

 このコラムでは、香川県の小ネタを歴史中心に調べている写真サークル「瀬戸海倶楽部」の代表「かもね」さんが、一見知られているようで、実は奥深い高松の歴史についての小話を紹介していく。

 早いもので気づけばもう年の瀬。今回は正月に関する小話を一つ。
この季節になると全国ネットのテレビ番組などで全国の変わり種雑煮などが紹介されるが、香川県のあん餅雑煮はその中に入れられるケースが多い。

屋島の桃太郎旅館のあん餅雑煮

 普通に考えれば白みそにあん餅なんてありえないトッピング。出演ゲストなどがしかめっ面をしながら恐る恐る口にして、その後に「おいしい」と驚きの表情を浮かべるまでが定番。
 
 事実、食べたことのない人がいざ食べてみると意外においしいというこの食べ物。支店経済の高松市にいる転勤族の中には、これにハマって必ず毎年食べている人も多いと聞く。
 
 では、このあん餅雑煮はいつからどのように始まったものか?そういう話をしたがる年配の方もいらっしゃり、尋ねてみれば得意げに教えてくれる。「昔はなぁ、砂糖なんてもんは貴重で庶民は食べられんかった。そやから正月くらいは甘いもんが食べたいってことで雑煮にあん餅入れるようになったんや」

 これが、意外に通説らしい。とはいえ、真偽が入り混じり、どれが正しいものかは分からない。そもそも甘いものを食べたいならそのまま、あん餅焼いて食べればいいところ、白味噌に放り込む理由が分からない。しかし話半分に聞いてみるとしても、この通説からはちょっとした讃岐の砂糖事情が見えてくる。

 「香川県の歴史」(山川出版社)、木原薄幸「近世讃岐の藩財政と国産統制」(渓水社)などによると、実は江戸時代半ば以降、北海道から琉球まで含めて砂糖の生産が最も多かったのは讃岐。それもそのはず、高松藩は全国津々浦々の諸藩の中でも白砂糖の生産に成功した唯一の藩なのだ。

四国村に残る「宮崎家砂糖しめ小屋」(国指定重要有形民俗文化財)

 それまで白砂糖と言えば海外から輸入しなくてはならなかった日本国内の市場を讃岐産白砂糖が席巻。高価な外国産を買わなくて済むようになったことで砂糖は江戸庶民も手の届く調味料&嗜好(しこう)品になった。讃岐産白砂糖の安定した供給は江戸や京を中心とした和菓子文化の発展にも大きく貢献したという。今ではうどん王国とも言われるが、当時の讃岐は、間違いなく砂糖王国だった。

 森山良子が「ざわわざわわ」と歌えば沖縄か南国を思い浮かべる人が大半だが、江戸時代では「ざわわ」は讃岐の風景。 高松の郊外はサトウキビ畑だらけだった。 

東讃には今もサトウキビ畑が残る

 それなら、あん餅雑煮は「高価で庶民は食べられなかった」という話しとは矛盾しないのか?

 前述のように天下の台所たる大坂の市場を讃岐の白砂糖がにぎわせてから時がたつにつれ、ライバルの九州産砂糖などとの価格競争で全国的に砂糖の値段は下がっていった。これは和菓子の発達や庶民の調味料・嗜好品としては貢献したが、生産側は利益が上げられず、面白くない状況だった。
 
 ここで高松藩が統制に乗り出した。その一環として行ったのが讃岐高松藩の領内への他国(藩)産砂糖の輸入禁止政策である。現代に置き換えてみれば日本政府が外国製の家電製品の輸入を全面禁止にして国産だけしか国内で買えない政策を行ったようなもの。競争相手がいないので価格競争が起きず、結果、国産正品の価格も下がらない。一方で庶民は常に高い国産製品の買い物をしなくてはならなくなる。(ちなみにこの輸入規制は和菓子にまで及んだ。讃岐以外で生産された砂糖で作られた和菓子も領内に持ち込んではならない。結果的に京菓子なども持ち込めないため、讃岐独自の和菓子の製法が発達したと言われている。)こうしたことから高松藩内では砂糖の価格は下がらなかった。

 推察ながら、讃岐の領内で砂糖が高価なまま庶民の手に届かなくなっていた理由がここにあるのではないかと考える。高松藩の砂糖生産者の保護政策はさらなる策として生産者と藩内の仕入れ業者が直接売買できる市場を定期的に開いた。ここでの取引は生産者側に価格決定権があり、仕入れ側が安く買いたたく行為を禁止するなどの取り決めまであったという。こうして、高松藩の領民は日本一砂糖を生産する土地の人たちでありながら日本一砂糖を口にする機会が少ない人たちになってしまった。

 あん餅雑煮の通説はこうした事実があって生まれたんじゃないだろうか?
ただ、あくまでもこれはいち郷土史家の勝手な考察。諸説あり、と。とりあえず今は新年の雑煮をどこで食べるか考えよう。
もちろん、白味噌にあん餅入りのもので。

参考文献:
「香川県の歴史」(山川出版社)、木原薄幸「近世讃岐の藩財政と国産統制」(渓水社)、「讃
岐・江戸時代の町、村、島」(文芸社)、「讃岐高松藩における砂糖の流通統制」「近世讃岐
の高松藩国産と四国遍路」「近世後期讃岐の地域と社会」(美巧社)、下地庄太郎「さぬき引
田 和三盆由来記」、「讃岐砂糖起源沿革盛衰記」「讃岐製糖史」鎌田共済学博物館蔵、坂
口友太郎「讃岐製糖の始祖 向山周慶翁伝」、西原忠一「讃岐さとう物語」、大川町・引田
町・三本松町の各町誌

「かもね」(ツイッター)日頃の取材や歴史の情報を発信中

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