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香川大学・末永慶寛教授の特別課外授業~豊かな海・瀬戸内海の秘密~

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香川大学・末永慶寛教授の特別課外授業~豊かな海・瀬戸内海の秘密~

 香川大学農学部マリーンステーション(高松市庵治町)で5月25日、香川でフィールドワークを行う一般社団法人「arc(アルク)」が香川大学創造工学部学長の末永慶寛教授を講師に招き、瀬戸内海の海底についてのフィールドワークを実施しました。

 年々漁獲量が減少する瀬戸内海、その海底に藻場を作り、魚の棲家とするための人工魚礁や、廃棄される魚の骨を使った水質改善装置を開発するなど、水産資源保全に取り組む末永教授。瀬戸内海の現状を座学やフィールドワークを通して学びました。


末永慶寛教授

瀬戸内海の特徴

 瀬戸内海は潮流が非常に速いです。四国の吉野川の流れる速さが平均時速1~3キロであるのに対し、瀬戸内海は時速10~20キロ。調査で潜ることもありますが、身動きどころか岩場につかまるのがやっとという時もあります。速い海流によって、海底の砂や泥、そしてその中の栄養やプランクトンを巻き上げたり、岩を削ったりして海砂を形成します。海砂は魚の休眠場所や海藻が茂る「藻場(もば)」の土台となり、海中の生態系を作る上で重要な働きをします。瀬戸内海は豊かな海産物で知られますが、この速い海流も「豊かな海」を作るのに重要な役目を果たしているのです。

砂地と藻場

 瀬戸内海の速い海流で作られた砂地は魚がすみ、育つ上で欠かせないものです。例えば瀬戸内海に生息する魚の一つであるイカナゴは、水温が高くなる夏場に砂地にもぐり夏眠(かみん)をします。イカナゴは他の魚の餌になるので生態系の形成において重要な役割を果たします。

 海藻が生い茂る「藻場」は隠れ場所やすみか、産卵場など魚たちの生活に欠かせない場所になるとともに、水中の有機物の分解やリンや窒素の吸収による水質の浄化、波浪の抑制と底質の安定による海岸線の保全の役目も果たします。このように、生態系にも水質にも砂地や藻場は大切な存在なのです。

「一度死んだ」瀬戸内海の海底

 ここまで瀬戸内海と砂地について話してきましたが、一度「瀬戸内海は死んだ」と言われるまでに漁獲量が下がりました。1985(昭和60)年~2005(平成17)年の間に瀬戸内海の漁獲量が46万トンから20万トンまで6割減少したという調査結果もあります。その原因の一つが「関西国際空港建設にともなう砂地の大きな減少」です。瀬戸内海の砂地は良質できめ細かく、良質なコンクリートの材料となり、空港の建設に重宝されました。砂地がなくなれば藻場もなくなる。生き物のすみかとする場所がなくなれば影響が出るのは必然です。キジハタという魚は瀬戸内海でめったに見られなくなり、「幻の魚」として一時は1キロ1万円で取引されるまでに数を減らしました。

豊かな瀬戸内海をもう一度~人工魚礁を使った取り組み

 「もう一度瀬戸内海を本来あるべき姿、豊かな海に戻したい」そんな思いから、「チーム瀬戸内海」を組み、取り組み始めました。人工魚礁を使い、魚のすみか作りや海流のコントロールによる藻場の形成、魚礁の素材に廃棄する魚類の骨を使った汚染物質吸着素材「FbA(Fishbone Absorb)」を使うことで水質の改善にも取り組んでいます。

開発した魚礁の一つ、藻場形成を目的とした「マリンマッシュ」の模型


FbAの活用について

 漁業組合の方から「キジハタをもう一度瀬戸内海に戻してほしい」という強い要望があり、2011(平成23)年から稚魚の放流も始めました。最初は放流量に対して漁獲につながるのが1%以下でしたが、人工知能(AI)搭載のカメラで魚礁を撮影し、稚魚の定着率を記録しながら開発・設置を進めました。この取り組みが功を奏したのか、キジハタは時々釣りざおにもかかるようになり、昔のような「幻の魚」ではなくなりました。

フィールドワーク~庵治の海を水中ドローンで見る~

 座学も終わり、次は実際に船でフィールドワークに出ます。施設の目の前には瀬戸内海が広がります。

調査艇に乗って人工魚礁を設置した海域に向かいます。

香川大学の調査艇「カラヌス3」

 岸がみるみるうちに遠くなり、15分ほどで目的地に着きました。水中ドローンを使って調査開始です。


 海中の様子はモニターに映し出されます。速い海流のために泥が巻き上げられ、濁っていることも多い瀬戸内海ですが、この日は潮の流れが弱く視界良好。今回観察したのは最初に人工魚礁を設置した海域で、海藻が繁茂に成功した場所の一つです。5月下旬でしたが、ワカメがまだ残っていました。魚礁の周りにはメバルの稚魚やベラの姿を確認することができました。


画面に映ったメバルの稚魚を指さす末永教授


人工魚礁の周りにはアマモも生えていました 表面にくっついた藻類や小さな甲殻類はベラなど小さな魚のえさになります

 瀬戸内海の海底の様子に画面に見入る参加者たち。普段見ることのできない海底の様子に興味津々でした。

フィールドワークを終えて

●末永教授
 今回見た人工魚礁はかなり繁茂した成功例の一つなのですが、設置する場所を探すのは大変でなかなかこのようにいかないのが実情です。それでも瀬戸内海を本来あるべき姿に戻せるよう今後も活動していきます。
 海の環境に焦点を当てて話しましたが、大事なのは人間と自然の間の「落とし所」です。関西国際空港建設について瀬戸内海の砂を取りすぎたかもしれませんが、インフラがないと今度は人間が困ります。環境になるべく打撃を与えず、かつ資源を活用できるポイントを見つけることが大事だと考えています。

●一般社団法人「arc」代表 藤田然吏(しかり)さん
 海中で起きていることは見ているだけでは分かりません。プロの目から瀬戸内海の現状を分解・分析したり、課題を見つけたりしたいと思い、今回のフィールドワークを行いました。これまで地質や昆虫、海洋学などについて専門家を招いてフィールドワークを行い、プロの目から香川を見てきました。今後もさまざまな分野でプロの目から物事を見て、気づきを得られればと考えています。
 

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