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次世代ロケットエンジンで香川から宇宙へ 香川発ベンチャー「スペースボア」の挑戦

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次世代ロケットエンジンで香川から宇宙へ 香川発ベンチャー「スペースボア」の挑戦

 ロケットエンジン開発に取り組む香川発の企業があります。昨年3月に高松で設立された宇宙開発ベンチャー企業「スペースボア」です。これまでにないロケットエンジンの開発をするため、県内の経営者らによってスタートしました。

 ロケットエンジン開発の他にも四国のロケット発射場や宇宙教育推進事業を手がけるスペースボア。今回は同社の中心であるCEOの岸川俊大さんと山本誠一郎さんに、宇宙に懸ける思いや今後の展望について聞きました。

(左から)「スペースボア」CEOの岸川俊大さん、CTOの山本誠一郎さん

スペースボアの活動について

ー改めて「スペースボア」の活動を教えてください。

岸川:当社は昨年3月に高松から次世代ロケットエンジンの開発を目的として設立されました。「ボア=イノシシ」という名前は私と山本が共に亥(い)年であることから付けました。主軸となる事業は「ロケットエンジン開発」「スペースポート運営事業」「宇宙教育推進事業」の3つです。私と山本を含む香川県内の経営者ら7人のメンバーで活動しています。

会議中の「スペースボア」メンバーら

 ロケットエンジン開発は、2022年に県内任意団体「サヌキアストロプロジェクト」を立ち上げたのが始まりです。

サヌキアストロプロジェクト発足紹介記事:https://takamatsu.keizai.biz/headline/238/

 このプロジェクトでは、液体ガスと熱湯を使い、燃焼させないロケットを研究していました。しかし、任意団体だったことから技術面・資金面で限界を迎えました。撤退か継続か選択を迫られ、私と山本で話し合った末に本気でロケットエンジン開発をしようと決意し、当社を設立しました。任意団体から法人化したことで資金だけでなく社会的責任も増し、身が引き締まる思いです。

ロケットエンジン開発事業−温室効果ガスを出さず爆発のリスクが少ないロケットエンジンを!

ーこれまでにない新たなロケットエンジンを作ろうとしていると聞きました。ロケットエンジン開発についてお聞かせください。

山本:当社は「温室効果ガス」を出さないロケットエンジンの開発を進めています。機密上の問題から詳しくはお伝えできないのですが、有機物を使わないので温室効果ガスを出さず、爆発のリスクが低いエンジンです。現在は特許出願中で、理論計算と部分ごとの基礎実験を行っているところです。

ー温室効果ガスが出ず爆発のリスクも低いというのは夢のエンジンのように思えますが、これまで開発するところはなかったのでしょうか?

山本:冷戦下の米国で似た仕組みのエンジンは研究されていましたが、実現には至っていません。

ー現在、開発上の課題はあるのでしょうか?

山本:現在の課題は「熱のコントロール」と「耐久性」で、どちらもロケットエンジン開発ではしばしば立ちはだかる問題です。熱のコントロールについては化学反応と一緒に冷却もするなど方法を検討中です。

 次に耐久性ですが、ロケットエンジンは重さの90%を燃料や推進剤が占めます。地球の重力圏を抜け宇宙に飛び出すためには多大なエネルギーが必要であるため、動力源となる燃料や推進剤を削るわけにはいきません。ですのでなので残りの10%の部分、エンジンパーツの重さを削るしかありません。

 設計を考える上で「安全率」というものがあります。これは許容できる負荷に対して何倍まで耐えられるかの数値です。一般的な機械では3~4、例えば100キロの重さで運用するのに対して300キロ~400キロには耐えられるように設計することが多いです。一方、航空宇宙工学における安全率は1.15~1.25と、先述の数値から比べるとかなり低いことが分かります。かつて月を目指したアポロ13号の安全率は1.07といわれています。ロケット開発では、負荷に耐えつつ重さを軽減するギリギリの戦いが繰り広げられています。

ーかなりシビアな研究を重ねていることが伺えました。ロケットエンジンの展望をお聞かせください。

岸川:現在当社が作ろうとしているのは「従来の5分の1の費用で飛ばせる補助ロケットブースター」です。昨今、スマートフォンのアプリで位置情報に連動するものが多いですが、この位置情報を得るためには人工衛星の働きは欠かせません。さらに現在、低軌道を飛行する人工衛星を媒介する情報通信「スターリンク」も研究が進んでいます。船舶などでは既に導入が始まっていて、遠くない将来、情報通信の主流になるでしょう。人工衛星は今後ますます私たちの生活になくてはならないものになっていきます。研究するロケットエンジンも2030年代の商品化を目指して日々活動しています。

スペースポート開発事業−四国にロケットの発射場を

ー続いてスペースポート運営事業についてお聞かせください。

山本:私たちは「スペースポート」、つまりロケットの発射場を四国に作ろうとしています。現在、国内の主なスペースポートは鹿児島の「JAXA 種子島宇宙センター」「JAXA内之浦宇宙空間観測所」、北海道の「北海道スペースポート」、和歌山の「スペースポート紀伊」の4カ所があります。われわれは高知、徳島に新たにロケットの発射場を造ろうとしています。

ー香川県内には作らないのですね。何か理由があるのでしょうか。

岸川:ロケットの発射場の建設地は赤道に近く、南東部が開けた場所が望ましいとされています。理由はロケットは地球の自転を利用して推進力を得ているからです。赤道に近い方が遠心力は強くなり、地球は西から東に自転しているため、その回転方向に沿って飛ばすことで推進力を得やすくなります。そのため、日本ではロケットは南や東に向かって打ち上げられることが多く南東に人家のない開けた土地を選ぶ必要があるので、太平洋に面した高知や徳島に作ることを考えました。候補地探しについては銀行とタッグを組み、昨年9月に徳島県と打ち合わせを始めました。

山本:現在四国に造ろうとしているのは液体燃料およびハイブリッド燃料を使ったロケットの発射場です。和歌山の「スペースポート紀伊」は固形燃料の発射場です。固体燃料は液体燃料に比べ取り扱いが容易ですが、重量があるため陸路での輸送ができず、海からしか運び込むことができません。一方、液体燃料はエンジン構造が複雑になるものの、誘導制御が容易で重量も固体燃料に比べ軽く、陸路が使えることがメリットとして挙げられます。

 四国の太平洋に面した土地に発射場を建てることは南海トラフ地震のリスクもありますが、燃料の運搬に陸路を使えることで県外からも誘致しやすく、地域活性など宇宙開発推進以外の見返りもあると考えています。

 まずは打ち上げ実験を行い、周囲の住民の理解も得ながら発射場の建設を進めていこうと考えています。

宇宙教育推進事業について-ロケットを通して子どもたちに「なぜ」と考える機会を

ー続いて宇宙教育推進事業についてお聞きします。どのような活動をするのでしょうか。

岸川:ペットボトルロケットの打ち上げ実験を使ったプログラムを考えています。ロケットには気圧センサーを取り付け、高度を測れるようにしようと考えています。私たちは宇宙教育を通して子どもたちに、失敗と成功の二択にとらわれずに考えるきっかけを与えたいと考えています。「ロケットが飛んだ。良かったね」ではなく、「今回はこれだけ飛んだけれどもっと飛ばすにはどうしたら良いだろう」「思ったより飛ばなかったけれど原因は何だろう」と言うような「なぜ」を考える機会を作りたいです。

 昨年秋、香川県内の大手前高松中学校でカリキュラムをスタートしました。初回はロケットの疑問、経営の質問、宇宙ごみなど、さまざまな質問を時間ギリギリまで聞かれました。

 現在、 1・2年生を対象にペットボトルロケットを用いた宇宙教育を学年ごとに行っています。数学、物理、化学、プログラミングを駆使し、想定される打ち上げ高度を計算します。ペットボトルに入れた気圧センサーで理論値と得られた実測値の違いを考察します。今年には打ち上げ実験もしたいですね。

大手前高松中学校での授業の様子

宇宙を目指す理由

ーここまでスペースボアの取り組みについて聞いてきましたが、なぜお二人は宇宙を目指すのでしょうか。今後の展望もお聞かせください。

山本:かつて東京のアマチュア宇宙開発団体に入っていて、ロケット研究は、その頃から行ってきました。宇宙開発で要求される機器は日常では考えられないような過酷な環境にさらされ、それを最先端の技術と柔軟なアイデアでカバーしています。そのことにとてもワクワクします。

 これまでも宇宙開発によって人間の持つ技術は向上してきました。例えばエアバッグもロケット技術の応用で開発されたものです。現在四国でロケットエンジン開発に取り組んでいるのは当社のみですが、ロケットエンジン産業は香川県の特色ある産業の一つに発展すると予感しています。

岸川:私は高校の授業がきっかけで宇宙に興味を持ち、ロケットエンジニアを志すようになりましたが、体調の問題で一度夢を断念せざるを得ませんでした。そんな中、前澤友作さんが日本の民間人として初めて国際宇宙ステーションに滞在したとのニュースを聞き、高校生の時に思い描いていた宇宙飛行士の夢が「宇宙旅行」という形で実現可能になったと悟りました。私は現在、塾の経営や歯磨き粉の企画販売などさまざまな事業を手がけていますが、事業家としていつか宇宙に行けるというモチベーションがロケットエンジン開発の原動力です。

 宇宙開発のことを話すと、ある方に「誰も考えたことのないものなんてこの世にはもうないよ」と言われました。本当にそうでしょうか? 私は知識やアイデア、技術やツールでまだまだ開けられる扉はあると考えています。ロケットエンジンの研究で既知のものを研究してもその分野の先駆者はいて、われわれが追いつく頃には、その次の段階に進んでいます。だから今までにない方法を研究する必要があるのです。

 宇宙開発は今後ますます勢いを増すと予測されており、国内のベンチャー企業による新規参入も増えています。他社とも協業しながらアメリカにも負けない日本のロケット作りをしていきたいです。

編集後記

 2022年サヌキアストロプロジェクトの発足を聞いた時に「香川県から宇宙を目指す方々がいる」と聞き、ワクワクしたものでした。スペースボアになり、その勢いがますます加速するということで話を聞いて期待感が増しました。いつか四国にロケットポートができ、全国の宇宙開発者が集う日や、香川県内でロケットについて学ぶことが当たり前になる日が来るかもしれません。香川から宇宙を目指すスペースボアの取り組みに今後も注視していきます。

スペースボア:https://space-boar.com/

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