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【高松を元気にする100人 VOL.5】杉山利恵さん【香川をガラスで映し取る】

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高松を元気にする100人  ガラスアーティスト 杉山利恵さん

ガラス作家・杉山利恵さん

 光の性質や角度によって、さまざまな輝きと表情を見せるガラスアート。透明感と自由度の高い造形が魅力だが、形作る前にまずガラスそのものを素材として作り出さなければならない。

 ガラスの成分であるソーダ灰などに鉱物を混ぜることで着色する、この技法に飽くなき探求心と地元香川への思いを込めた作家がいる。

 杉山利恵さんは、ガラスアートの魅力を高松から発信するガラスアーティストだ。

 東京と富山でガラス工芸を学んだ後、香川に戻りガラス工房「Rie Glass Garden」(高松市松福町2)を開設。在学中の2011(平成23)年に「さぬき庵治石硝子」、2020年に「オリーブ硝子」という香川の名産品を溶かした青と緑のガラスを生み出した。

 この2つのガラスはそれぞれ香川県産品コンクール審査委員特別賞と同コンクールオリーブ部門知事賞(最優秀賞)を受賞している。

 「ガラスを通して香川の魅力を伝えたい」という杉山さんに、讃岐の恵みから産まれた2つのガラスの誕生秘話と、ガラスアーティストとしての軌跡、そして新たな取り組みについて聞いた。

 1.瀬戸内ブルーとオリーブグリーン

 ガラスづくりを学ぶために香川を離れて見えたもの~深まった「地元愛」

―もともと地元をアピールする作品作りを目指していたんですか。

  生まれも育ちも香川ですが、ガラスづくりの勉強をするため3年間、東京と富山に出ていた時期があるんです。そこで初めて外から地元を見たときに、改めて腹の底から「香川ってこんなに温かい場所なんやなぁ…」と。以来、自分が心底香川に愛着を持っていることや、香川に育てられたんだという自覚を持つようになりました。

 そこから、この地に足をつけて物づくりをすることが自分に一番合っているということ、なおかつ作家としての自己表現を模索して自分自身を掘り起こしたときに、最終的にたどり着いた答えが「この土地」です。

 生まれ育った場所が、私の身体と心を作っている。香川の空気を吸い、香川の人に慣れ親しんできた自分は、常に香川の空気をまとっているんじゃないかと。私がそのまま素直に作ったものは、もうどうしたって香川の空気を帯びるだろうし、香川の空気を帯びたような作品ができれば、素直な物づくりができると思ったんです。

―分かります。香川は地元好きな人が多いですからね。

香川を離れている間にSNSが発達したおかげで、地元愛が強い人がたくさんいることを痛感しました。ガラスを作り始める前は広告業に就いていたこともあって、自分が好きなモノやコトを外に発信して伝える作業も大好きなんです。「ガラスで香川を表現すると同時に香川をPRすることができたら最高やな、やりたいことがいっぺんにできてしまう」と思い、在学中に香川の特産品を生かしたガラスづくりの研究を始めました。

 香川の名産「庵治石」との出逢い

―それが「さぬき庵治石硝子」ですね。庵治石は最初から素材候補に挙がっていたんですか。

 この土地のものが偽りなく入っていて、この土地の空気が感じられるような色やテクスチャーが出る素材を探してピックアップした中から可能性の高いものでチャレンジしようとしたときに、植物では1300度の高熱にかけると色が飛んでしまうと思い、耐えうる素材は「鉱物」しかないとその時は仮説を立てました。なおかつ地場産業として現役の香川が誇る石といえば、もう庵治石しかないという消去法です。

 知識も前例もなく独学で始めた研究なので、最初は石粉が溶けない、色が出ないなど失敗だらけ。ところがそのうち、先生のアドバイスをヒントにテストしてみたところ、ついに「青」が出た。そこから在学中に研究を重ねて、最初にグラスが完成しました。

 庵治石がガラスに溶けたことにも驚いたし、香川の表現として何色を出したいというイメージも特になかったのに、青をたたえたグラスを見た瞬間「これしかない!」と。瀬戸内の空と海を映したブルーが出てくれて、震えるほどうれしかったです。

―そのまま2011年に「庵治石硝子」を県産品コンクールに出品したのですよね。

 状態によっては調整が必要なこともあってその後も試行錯誤は続いていましたから、本当に完成したと言えるのは2013(平成25)年に工房ができてから。まだサンプルしかない段階で出品して「特別賞」を受賞できたおかげで、「庵治石硝子」の価値に確信が持てました。

 受賞したときは、たくさんの方から「瀬戸内の海の色みたい」「庵治石からこんな色出るんか」「これもらえたらうれしいし、お土産にしたい」といった感想を聞くことができて、それこそ私がやりたかったことだと前に進む自信をいただき感謝しています。

 オリーブがもたらした多彩色の奇跡

―「オリーブ硝子」の方は高松市のオリーブ農園「創樹(SOUJU)」からの呼びかけだったとか。

 最初は「オリーブを溶かせませんか?」という提案でした。初めは全く色が出ず、「量を増やしたらどうか」と続けて持ってきてくださったオリーブで再度テストをしたら、たまたま配合がうまくいったのか、緑が出たんです。

 オリーブからオリーブそのものの色が出るなんて、自分にはあまりに直球過ぎて「すごいことを知ってしまった…」と固まってしまいました。

 ただ、窯の中で炎を上げてしまうなどの問題もあって、そのまま続けることはできず、一度研究を中断しました。2020年に入ってコロナ禍で仕事にも隙間ができたときに研究を再開したところ、全く同じ配合なのに色が出ない。ちょっと配合を変えてみると真っ黒になる。緑からかけ離れてしまって、そこから本当に緑にたどり着かなかったんです。

 その理由は、オリーブの枝葉の中に含まれている成分がいろいろだからです。オリーブを乾燥させて、切り刻んで、燃やして炭や灰にしたものを、ガラスの原料に入れ、溶かすことで初めて反応するのですが、枝の太さ、葉っぱの量、ガラス粉の配合量や、調合の時の条件などにも左右されます。

 それでも一昨年に何とか「とりあえず緑が出るゾーン」を見つけはしたものの、全く同じ緑にはならないので途方に暮れました。

 でも、そもそも「同じ緑を出す必要はない」ということに、ふと気づきました。オリーブって、いろいろな表情があるじゃないですか。葉の表も裏も違うし、枝のところは茶色いし、実もだんだん色が変わってゆく。このガラスはオリーブのいろいろな表情を表していると思うと、どの色もいとおしくなってきました。

 実際にギャラリーに置いてみると、いろいろな緑が並んでいる様子は植物的で、まるでオリーブ畑を見ているよう。一つとして同じものがないからこそ「自分だけの緑」を選ぶ喜びがあるんだなと、楽しそうに見比べるお客さまを見て納得した次第です。

黄緑から青に近い色までさまざまな色を見せる「オリーブ硝子」

 「思いを届けたい人」と「受け取る人」をつなぐ架け橋に

-杉山さんはどんな気持ちで、この二つのガラスを制作しているのでしょうか。

 「庵治石硝子」と「オリーブ硝子」は、大切な人やお世話になった人が香川を離れるときに「地元の物を持っていってほしい」とか、結婚式など県外の方が参列する席で「生まれ育った故郷を伝えたい」というように、メッセージを込めた贈り物として選んでくださる方が本当に多いんです。

 私はずっと、思いを届けたい人と、その先の受け取る人との間で「架け橋」になるような作品を作りたいと願っていたので、それが現実となったことが今、身にしみてありがたく感じています。

 香川を愛している人が多いという感覚も間違っていなかったし、贈り物を選ぶ皆さんの優しい気持ちに触れる度に、香川の人間で良かったと思うんですよね。私が作るガラスで、皆さんと大切な人がつながることを一番のモチベーションに制作しています。

2020年「かがわ県産品コンクール・オリーブ部門 知事賞」受賞のトロフィー

 2.ガラスアーティストとしての軌跡

 ガラス作り体験をきっかけにガラスアートの世界へ

「庵治石硝子」のコップを制作する杉山さん

―そんな杉山さんがガラス制作を始めたきっかけを教えてください。

 もともとガラスが好きで、ビー玉やガラス瓶を無性に集めては部屋の壁一面に飾るような子どもでした。大人になってからはワイングラスを集めたりもしましたが、まだガラスは工業製品だと思い込んでいました。

 ところが20代で初めてガラス作りの見学・体験ができる工房を訪れたときに、ガラスを形のないところから巻き取って好きな形に形成する作業などを通して、自分がもともとガラス自体に特別な感情を持っているということに気づいたんです。もう無条件にこれがしたい、これを仕事にしたいと。

 でも、その作家さんから「ガラスで食える人間は一握りしかいない、趣味にとどめた方が幸せだよ」と厳しい世界だからこそのアドバイスも頂いていたので、諦めるために趣味として週一で講座に通い始めたところ、むしろのめり込んでしまいました。ますますガラス漬けの生活がしたくなってしまい、最終的に諦めることを諦めました。

 物づくりは若いうちからでないといけないと思い込んでいましたが、改めて考えてみると、この先40代、50代になった自分と比べれば、30代の今が一番若いとき。後悔したくなくて、思い切って仕事を辞め、ガラス作りもストップして2年半ぐらい資金づくりに明け暮れた後、ガラス作りの学校に入学したんです。

 利便性の高い街なかでガラス工房兼ギャラリーを開業

―そして卒業後に高松に戻ってから、ガラス工房「Rie Glass Garden」を開いたんですね。思った以上に街なかで驚きました。

 最初は田舎が良かったのですが、不動産というのは本当に縁で。広さや家賃、設備と言った条件の中で合致したのがここでした。個人工房を経営するうえで、街なかだと銀行や郵便局といったライフラインが近くにそろうし、ちょっとした小物の買い出しなんかにも便利です。

 あと、一番はお客さまが来やすいこと。特にギャラリーを構えるようになってからは、知人も訪れやすく、交流がしやすくなりました。「贈り物を今日買って、そのまま届けたい」というような急ぎの買い物に来るお客さまもいらっしゃるので、皆さんにアクセスしやすい場所で良かったと思います。

 ギャラリーはガラスの色が美しく見えるように、室内を全部白くしてあることがこだわりです。窓からカーテン越しにほんのり射し込む自然光で見るガラスが一番きれいなんですよ。あくまで私の好みですけどね。

 3.企画展への思い

 企画展「Blue Blue Green -Aji Glass&Olive Glass-」を振り返って

展示作品 「想(おも)いの一滴から~それぞれのStory~」

-今年5月に高松市石の民俗資料館で開催した企画展では、来場者の反応はいかがでしたか。

 このときは「月」をモチーフにした作品群や、ガラス片を波紋に見立てた「想(おも)いの一滴から~それぞれのStory~」といった、瀬戸内の空気感を表現した作品を展示したのですが。思った以上に見た方が感動してくださったことが伝わってきました。

 普段から展示がきっかけでギャラリーに買い物に来てくださる方は多いのですが、「たった今、企画展見てきました」と直行してくださる人もいて。メールも含め、たくさんの感想を頂きました。

 私の世界観が伝わるように仕上げた会場でしたが、来場者の皆さんが気持ち良くなることも願っていたので、「ずっと会場に居たくなるような空間だった」「仕事の疲れが飛んだ」「もっと頑張らなきゃと力が湧いてきた」などの感想がうれしかったです。

-これから開催が決まっているものがあれば教えてください。

 今夏は、瀬戸内芸術祭期間中の豊島と岡山のギャラリーで作品を展示販売する個展があります。

 この秋にも、工房ギャラリーで全ての額装作品を展示販売するイベントを計画中です。ランプやグラスの新作も登場するので、近くなったら皆さんにお知らせします。

 次の企画展は、来年に控えた展示に向けて準備中です。普段の器類と違って、そこでしか見られないアート性の高い作品やガラスのきらめきを皆さんに見てもらえることをモチベーションにして、それまでにフレッシュな作品を作りたいと思っています。

「庵治石硝子」を使った水時計「蒼時~aji~」

 4.新たなチャレンジと高松経済新聞読者へ

 次の新作ガラス研究への意欲

-また香川をテーマにした新しいガラスの構想はありますか?

 頭の中にアイデアはあるんですが、時間とパワーが必要なので、なかなか手がつけられないでいるという現状です。ありがたいことに普段の仕事もたくさん頂いているので、それをこなしながら進めるのは本当に難しくて…。

 「きれいな色が出るのではないか」と考えているものはあるんですが、一歩踏み出してしまったら、やりたくてしょうがなくなることは分かっているので、今はちょっと置いています。何かきっかけや隙間ができたときに、仕事を休んで研究に没頭したいなと、今からワクワクしています。

 高松経済新聞の読者へ

-杉山さんのように、新しいことへのチャレンジにワクワクする人も居れば、なかなかその一歩が踏み出せないでモヤモヤしている人もいると思います。そうした人に向けたメッセージをいただけますか。

 よく思うのですが、踏み出すのって先が見えないから怖いじゃないですか。

 でも、いきなり1の扉を開けて、10の扉にはたどり着けませんよね。1を開けたら2、2を開けたら3と扉は順番に続いているので…。だから「目の前の扉をまずは開けてください」と言いたいです。「目の前の扉を開けないと次の扉が見つからない」というのが、私が見つけた答えなので。

 扉を開けたのに暗闇しかなくても、とにかく開け続けるしかないんですよ。何度か開けるうちに、やっと「この扉かな?」という光が漏れる扉が見えてきて、それを開けると目の前に明るい世界が広がる。目指すものが10あるなら10個の扉を、とにかく開け続けるしかなくて、そこは辛抱するしかないですけれど。

 私にとって何がその暗闇の扉を開ける力になるかというと、イメージです。10の扉の向こうに「自分の目指す場所がある」ということ。そのイメージがあれば、そこから毎日の行動が変わります。暗い扉を開ける勇気になるんです。

 「目標がその日その日を支配する」という誰かが言った言葉があるんですけど、本当にその通りで…。私は、一つの目標が人生を変えると信じています。

 編集後記

 今年3月、別の場所の取材で「庵治石硝子」を初めて目にし、「庵治石からこんな色が出るのか」「海の色みたい」と驚いたことを今でも思い出します。「オリーブ硝子」も萌黄色からエメラルドグリーンまで全く異なる緑が並んでいて、「同じ素材で、何でこんなに色が変わるんだろう?」ととても不思議でした。

 ガラス作りの中でガラスはどんどん表情を変えていきます。初めは線香花火の先の火の玉のようだったガラスが、長い「吹き竿」と呼ばれるステンレス棒に巻き取られ、息を吹き込むうちに、どんどんコップの形になっていく様子には目が釘付けになりました。瀬戸内海を思わせる美しいブルーの「庵治石硝子」ですが、できたばかりの時にはむしろ「オリーブ硝子」のような黄緑色で、そのことにも驚きました。

 まだまだアイデアがあるという杉山さん。今後もガラスでどのように香川を表現していくか、とても楽しみです。

 高松経済新聞では今後もさまざまな活動で香川・高松を元気にする方々を紹介していきます。

 次回もお楽しみに!

 

 関連記事:高松「石の民俗資料館」で地元ガラス作家の企画展 地場産業生かした作品制作

https://takamatsu.keizai.biz/headline/218/

 

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